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東京高等裁判所 昭和55年(う)2041号 判決

被告人 藤生やす子

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡田暢雄作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官五味朗作成名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

控訴趣意第一、事実誤認を主張する点について

所論は、要するに、被告人は、本件当日栗田定行という特定の者と待ち合わせをしていただけであるのに、原判決が、信用性のない被告人の捜査官に対する各供述調書を採用するなどして、被告人が売春をする目的で客待ちをしたと認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である、というのである。

しかし、所論が指摘する被告人の各供述調書は、その各供述記載の経過・内容を精査し、原審証人井上隆彦の供述等と対比して検討すると、原判示事実にそう供述記載に関する限りその信用性を肯認するに十分であつて、被告人が所論のように虚偽の自白を余儀なくされたとは認められない。そして、右各供述調書を含む原判決挙示の各証拠を総合すると、これによつて認められる本件犯行の経緯、状況、特に後記のような被告人及び栗田定行と自称する男の各行動や、同人が警察官に対し被告人のことを「知らない女だ。」などといつて、事情聴取に応じないで立ち去つたことなどに徴し、被告人が原判示の日時、場所において売春をする目的で客待ちをしたものと認めた原審の措置は、当裁判所においても首肯することができるのであつて、この点に反する被告人の原審公判廷における供述はたやすく措信し難く、右栗田定行がその氏名及び電話番号を記載したメモを被告人に手渡したことや、両者間であらかじめ金銭の交渉がなされていなかつたこと等の所論が指摘する諸事情を勘案してみても、被告人が右栗田定行との約束に基づき同人と待ち合わせをしていたとは到底認められず、原判決の右認定に所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

同第二、法令の解釈適用の誤りを主張する点について

所論は、要するに、被告人は、原判決が判示するところによつても、路上をうろつき、あるいは立ち止まるなどしたにすぎず、その行為の時刻・場所、被告人の服装等を併せ考えても、外形上、売春をする目的のあることが一般公衆に明らかとなるような挙動を伴う客待ち行為をしたということはできないから、売春防止法五条三号にいう「公衆の目にふれるような方法で客待ちをした」という場合に該当しないのに、原判決が被告人の行為に右法案を適用したのは、法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて案ずるに、売春防止法五条三号前段にいう「公衆の目にふれるような方法で客待ち」をするとは、単に売春の目的で公共の場所等をうろつき、あるいは立ち止まり、相手方の誘いを待つだけでなく、外形上、売春の目的のあることが、その服装、客待ち行為の場所・時刻等と相まち、一般公衆に明らかとなるような挙動を伴う客待ち行為というものと解すべきことは、所論のとおりである。そこでこれを本件についてみるに、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、昭和五五年六月二七日の午後五時三〇分ころ、売春をする目的で、東京都新宿区歌舞伎町一丁目所在の新宿コマ劇場付近の歓楽街へ赴いたこと、被告人は、一見して売春婦とわかるような異様な化粧や服装ではなかつたが、頭髪を黒く染め、口紅をつけ、まゆをかいて濃い目の化粧をし、白色のラメ入り半そでサマーセーター、黒色と白色の横しま模様のギヤザースカートを着用して、年齢より若くみえるような化粧、服装であつたこと、そして、同日午後七時二五分ころから、新宿コマ劇場向かいの東急文化会館付近路上を同所から約三〇メートル離れた小公園の方に向かつて歩いて行き、同公園で約一分間位立ち止まつたあと、反転して新宿コマ劇場前にもどり、同所で約五分間立ち止まつたうえ、同劇場出入口の階段に道路の方を向いて約三〇分座り込み、それから立ち上がつて、同所から小公園前を経て、新宿コマ劇場前から約三〇〇メートル離れた同町二丁目四五番一四号先のホテル水光苑前まで歩いていつたこと、その間被告人は通行中の男性に自分から声をかけるとか、声をかけられるということはなかつたが、その歩き方は終始極めてゆつくりした歩調であり、落ち着きなく周囲をきよろきよろ見たり、通り合わせた男性の顔をなれなれしい態度でのぞき込んだり、振り返るなどし、口に出して「付き合いませんか。」というのに等しい挙動であつたこと、被告人が同日午後八時一九分ころホテル水光苑前に至つた際、その付近にいた、後に栗田定行と名乗つた、三〇歳位の遊び人の男が被告人を認めて近寄り、その姿を上から下まで何回か眺めたうえ、「一人なの、旅館へ行かないか。」と声をかけたこと、被告人は、これに応じて同人を相手に売春をするつもりになり、同人と共にいつたん大久保公園内に入つて立ち話をするなどしたうえ、同町二丁目所在のホテル新宿御殿に入ろうとしたところで、被告人を同日午後七時二五分ころから引き続き尾行していた警察官に売春防止法の客待ち現行犯人として逮捕されたこと、なお、新宿コマ劇場付近で売春婦が現われるのは午後六時ころから同一〇時過ぎころまでの時間帯であり、ホテル水光苑前の通りはいわゆる連れ込みホテルが林立し、「街娼通り」ともいわれるところであることが認められる。してみると、被告人の右のような東急文化会館前からホテル水光苑前に至るまでの行為は、その化粧や服装こそ一見して売春婦とわかるほどの異様なものではなかつたとしても、その行為の時刻、場所等を併せ考えると、外形上、売春の目的のあることを一般公衆に明らかにするような挙動を伴う客待ち行為であると認めることができないわけではないから、原判決が、被告人のかかる行為をもつて売春防止法五条三号所定の客待ち行為に該当するものと認めて、同法条を適用したのは正当であり、原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 新関雅夫 下村幸雄 小林隆夫)

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